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昔のままお店

2018/06/17 15:33

母娘三人の昔住んでいた所辺りを巡る散歩
昭和38年から昭和45年の間過ごした関原3丁目
西新井駅からの景色はすっかり変わってしまった
区画整理して道が無くなりマンションが立ち並ぶ
しかし第七中学校周辺の道は残っていた
七中の校庭は子供の頃の遊び場の一つだった
石蹴りをしたり泥団子を作ったりした
屋根がある渡り廊下雨の日にゴム飛びをした
ピロちゃん 「体育館裏の柳の木はまだ有るのかなぁ?」
母 「お父さんは七中を卒業したんだよ」

昔の記憶が少しずつ蘇る
学校の隣には小さな工場があった筈
母 「西新井製作所はもうなくなっちゃったんだね」
子供達は『アオキコウバ』と呼んでいた
社長の長女のフーコちゃんとは同級生だった
今その辺り一帯は同じ名前の表札がかかっている
工場を取り壊して一族が家を建てたのだろうか?

そこから20メートル先の辻までは何件かお店が有った筈
パン屋さんの10円のコッペパンはおやつ
はす向かいの駄菓子屋さんは子供のたまり場
スアマを良く買いに行かされた饅頭屋さん
その向こうには乾物屋と八百屋が並んでいた
向かいの角は日本蕎麦屋さん
隣の民家を挟んで煎餅屋さんは駄菓子も少し置いていた
今でも日本蕎麦屋は元気に営業してる
煎餅屋さんはスナック菓子とアイスだけを細々と販売している

少し手前の路地を曲がると長屋が有った場所
勿論長屋は無かったし大家さんの家も無かった
小径も無いので住人以外がぷらぷらと入ってはいけない
グルリと回って反対側の道から今の風景を眺める
魚屋のノリコちゃんの家はパーキングになっていた
ピロちゃんの友達のクミちゃんの家は有った
競輪のお兄サンの家も有った
電話を借りたり五右衛門風呂に入らせてくれたお宅だ
意外と知ったお宅が有る事に吃驚した

今も営業している堀田湯の前を通り『若松』へ向かう
子供の頃はやけに遠く感じたが実際は30~40m
最終目的の鉄板焼き屋さんもせいぜい150m程
想い出を手繰りながら歩いたらあっという間だ

    2018-06-02 4

こんな店構えだったろうか?
あまり記憶にない
店内に入ると40年前と変わってなかった
真ん中に通路があり両側に畳敷きの部屋がある

    2018-06-02 1

初夏の様な陽気で乾いた喉を潤す
使い込まれた鉄板は年季を感じる

    2018-06-02 3

「そう云えはもんじゃではなくて『ぼった』だったよね」
思い出した
確かに『ぼった』と言っていた
駄菓子屋で食べるのがもんじゃで鉄板焼き屋さんではぼった
キャベツ以外にも色々な具が入っている物
明太子もんじゃを食べながら昔話に花が咲く

ご馳走様でしたぁ~♪
また来ますね



    
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